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【笑える毒の話】 毒の哲学Ⅴ──悪魔を見送る静かな午後

最近、図書館が心地いい。
静かな場所にいると、
かつての記憶が「おとぎ話みたいに」浮かび上がる。

——その記憶の主人公は、初老のルシファーだった。


若かりし頃、彼は人を迷わせる達人だった。
口先ひとつで信仰を奪い、愛を疑わせ、希望を反転させた。
100%の精度で人をだませた時代もあった。

でも歳を取った。

悪の誘導スキルは衰え、
地獄での立場もだんだん軽くなり、
地上に派遣されても、なぜか人を助けてしまうようになった。

不器用な人を見ると、ふと昔のことを思い出す。
——そういえば、あの頃は天使に憧れていたな。
羽がほしくて、空を飛びたくて、
何も知らないまま「光」の世界に夢を見ていた18歳の頃。

その頃の記憶のなかには、傷ついた“彼”がいた。
堕ちた天使。まだルシファーになる前の彼。

誰かが手を差し伸べるたびに、
彼はまた“人としての温かさ”を思い出す。
……でも、彼はもう長くなかった。


ある日、初老のルシファーは地上で銃撃を受けて重傷を負い、
人知れず夜の路地で倒れていた。

「……俺、もういいよ。死んでいい。
でも来世があるなら、“人間”にしてくれ。
天使でも悪魔でもなく、
ふつうに、生きたい」

息を引き取るその瞬間、
彼の意識の中で、昔の自分が現れた。

18歳の青年が、血まみれの彼の手当てをしていた。

「俺なんか助けたら、天使どころか堕天使になるぞ……」

苦笑まじりにそうつぶやいた彼は、
静かに意識を手放した。


目が覚めたとき、青年は図書館の読書机にいた。
鏡に映った自分は、18歳のままだった。
けれど、何かが違った。

——心の奥に、“老いた記憶”が残っている。

机の上には手紙が一通、置かれていた。

65歳までは、真面目に生きろ。
お酒も煙草もギャンブルも、別にしてもいい。
でも、自分の“人としての誇り”だけは、失わないでくれ。

それがある限り、悪魔たちはお前に近づけない。

最後にこう添えられていた。

あの時の俺を助けてくれて、ありがとう。
これからは、ちゃんと生きろよ。


青年は、そっと手紙を胸にしまった。
そして静かに、図書館の奥の自習室へと歩き出した。

——新しい試験勉強が始まる。
今度は、人間として。


目次

✨読後に残るもの:

  • 悪もまた、かつて“光”を見た者だった
  • 堕落とは、罰ではなく“人として再生する入口”なのかもしれない
  • 脱力のなかでこそ、人は再び歩き出せる

※この物語は、私の中にあった「毒への憧れ」と「人間でありたい祈り」の間で揺れた記録です。

悪魔たちを責めることも、擁護することもしません。

ただ、あの午後の静けさの中で「もうここには居なくていい」と思えたことが、私の再出発でした。

あなたの中の毒も、きっと語られる日が来ますように。

堕落した男が、若き自分に救われる。
これは、毒の哲学が「やさしさ」を語りはじめた第一歩。

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